色々と更新作業をしたり、ものを書いたりしているといつも思うのが「言葉の定義」の難しさです。特にWitchcraftの用語等は私が若かったころと今とでは意味が変化しているものがいくつもあります。
かつては「伝統的魔女」といえばキリスト教以前の宗教に端を持つ(とされる)古い伝統を持つ、そして魔女狩りを経験している魔女の事をさしました。ところが、21世紀に入ってしばらくしてからは「ガードナー以前の魔女」という意味が段々と一般的になり、今では元々の「伝統的魔女」のことを「ペイガニズムの魔女」とか「キリスト教以前の古い魔女」等と別の言葉で表さないと通じなくなってしまったという事などはその良い一例でしょう。
かつて魔女狩りを乗り越え、今の私たちに伝統を残してくれた先達に申し訳なさを感じるのと同時に、それこそ「悪貨は良貨を駆逐する」と言わんばかりに自分たちの存在を示す言葉を奪われた気がしたりもして、強い反発心をかつては持っていましたが、いちいち説明したり、反論したりすることも、また議論の通じない相手と議論をする事にもうんざりしてしまい、今はそういうことにエネルギーを使う気も起きなくなってしまいました。少なくても言葉は自分以外とコミュニケーションをとるための道具と割り切っていくしかないのは時代の常なのでしょう。
閑話休題。
ともあれ、このように伝統的な言葉ですら、時代と共に意味が変化してきます。また、かつては普通に通じた言葉も多くの人にはまるで古語のような扱いをされて通じなくなってくることもあります。しかし、それではどうしても伝えたいことが伝えられない事態にもなります。だからといって、話が通じるように国語の講義をいちいちする訳にもいきません(私は国語の教壇にも長く上がっていたのでできなくはありませんが……)。そうした時、必要になってくるのが「この本では『〇〇』という言葉を『△△』という意味で使います」というような言葉の再定義が必要になってきます。一般的な言葉の意味を活かしつつも、それでは表現しきれない部分や明確にならないところをどう表現するか、がいつも悩みます。
また「言葉の再定義」といえば、既存の言葉に新しい意味を持たせる再定義というものもあります。
このタイプの再定義をしたものでは、例えば「業」と「カルマ」があります。
これは本来は「犬」と「ドッグ」のような関係、つまりまったく同じものなのですが、これをOriental Wiccaでは、
業:今生の因果
カルマ:過去生~今生~来世といったスパンでの因果
と、言うように再定義し、使い分けています。これはあくまでも便利さの追求という事から来るのであまり褒められたものではないと思いますが、それでもこうした再定義によって外来語を生み出してきた日本語ならではのありがたさと思うことにしています。
もっとも、こうした外来語成立というのは明治時代くらいからは特に増えてきているのである意味「日本語のお家芸」とも言えます。
ここでちょっと質問です。自分の答えを考えてから続きを読んでください。
問題:
「科学」と「学問」の違いを述べよ。
いかがでしょうか?
どちらももともとは中国語から入ってきた「学」でしたが、明治時代に日本に英語が入ってきた時に英語の「science」を訳そうとした当時の日本人は困ってしまったのです。なぜなら、その当時は阿片戦争で英国が清(今の中国)に勝った直後でした。そうした時代背景から、
戦勝国の言葉「science」を敗戦国の「学」と訳したらどんな言いがかりをつけられるかわからない、と考えたのです。そこでこの「science」という言葉をよく調べると「natural science(自然科学)」「social science(社会科学)」のように「〇〇science」という使い方をしているのに気がついたのです。そして「この〇〇は分類を表しているから、この部分を『科』と表してしまえば良いのでは!」と閃いた人がいたのでしょう。結局そうした経緯で
「science」の訳語 : 科学
「学」の訳語 : 学問
となったのです。ですから答えは「同じもの」です。そして元々の「学」という単語は忘れ去られていったのでした。今の日本人で「科学」「学問」という言葉は普通に使っても、本来の意味で「学」という言葉を使う人はいないと思います。使われるとしたら意味を広げた上で「学がある」などの用法が残っているくらいです。
これはほんの一例ですが、こうした言葉は実は沢山あります。だから「日本語のお家芸」といえるのです。とはいえ、こうした言葉の再定義は意外と難しいのですが、今後も含めての課題となっています。
先日『Witchcraftの用語集』を書こうと思い、実際に書き始めてみたのですが、書き始めると原題のWitchcraftの用語はキリスト教の用語と混ざってしまっていたり、一般的な英和辞典に出ている意味とは違った意味が多かったり、果ては日本独自で意味が発展してしまったものがあったりで、どうしても「再定義と解説」が必要になってしまいます。結局そうした部分を丁寧に埋めて書いていこうとすると、もうこれは『用語集』ではなくて『Witchcraftの実用的用語解説集』になってしまいそうです。でも、そういう用語集はきっと今後必要とする人が出てくると思いますし、Witchcraftが日本に輸入された初めの頃からを、全てがリアルタイムでないにしても(リアルタイムで当事者だった人たちとの直接の交流などの中で)、大体を体感している私のような世代がまとめていくのは一つの義務なのかな、とも思っています。そしてその用語集にまた新しい意味を加えたり、書き直してくれる人がその後の世に出てきてくれれば良いな、と感じています。