かつて日本にはじめてWitchcraft(Wicca)を持ち込んだアレクサンドリア・木星王氏は、当時は情報の正確さを今のように確認する術が非常に乏しかったという時代背景もあって、一時期は悪魔主義と混同していたり、色々な大きな間違いをそのまま輸入したりしていました。しかし、氏が最初からWitchcraft(Wicca)を「宗教として」捉え、輸入していたことは非常に高く評価されるべきであり、ある意味他の間違いなどを帳消しにするほどの価値があったと断言しても差し支えないでしょう。
それまで、日本では魔女や魔女による呪術などはオカルトとして扱われるのが普通であり、そこに宗教的なものを認めようとする姿勢は皆無でした。しかし、氏が「魔女とは宗教である」という姿勢を最初から一貫していたことはこうしたオカルト一辺倒の、ややもすると単純な現世利益でご都合主義のお遊び的なものから、Witchcraftに興味を持つ日本人を卒業させる大きなきっかけを作ったことは疑いようがないからです。しかし、だからでしょうが、彼はかつて通信教育のテキストや著作の中で
「Witchcraftは宗教である。だから、この道に進んだら神社に初詣に行ったり、クリスマスを祝ったりすることは心して避けるべきである」
というような主張を何度もしていました。これは私の考えからすると全面的に正しいとは間違っても言えませんが、一概に間違いだとも言えません。
そこで私は以下のように考えるのが順当だと思っています。
まづ、日本でWitchcraftを実践する場合「Witchcraftと神道の違い」をしっかりと自覚する必要があります。と、いうのも日本の神道は民俗宗教であり、Witchcraftも元を正せばヨーロッパの民俗宗教にルーツを持ちます。そうすると、海外の、特に欧米の人から見ると
「日本には神道という民俗宗教であり、ある意味Witchcraftよりも強い呪術性を持つ宗教があるのに、なぜわざわざ日本人がWitchcraftを実践する必要があるのだろう?」
という素朴な疑問を持つからです。そして、日本でWitchcraftを実践するに当たってどうしても神道との共通点や相違点を理解していないと段々と
「おかしなものを実践するおかしな人」
になってしまうからです。また、仏教についても自分なりのスタンスをしっかりと確立しないとたとえば、
「生きているうちはWitchcraft、死んだら仏教の戒名(ホーリーネーム)をつけられて葬られる」
というこれまた不思議な事になってしまいます。しかし、こうしたことをしっかりと自分なりに整理しておけば神道や仏教徒のつきあい方は自ずと見えてくるでしょう。
難しいのがキリスト教です。そもそもWitchcraftはキリスト教以前の古い宗教であり、キリスト教から弾圧された過去を持っています。加えて、キリスト教は古い宗教の祝祭をキリスト教化して奪い取ったという事実がいくつもあります。また、こうした古い宗教のWitchcrafではない、キリスト教以降の魔女の宗教の実践者の多くはキリスト教国でキリスト教に疑問を持ち、
「キリスト教のカウンターとしての魔女の宗教」
の実践者となっているからです。なので、極論を言えば(と、いいつつ本当は極論でもなんでもないのですが)、
「キリスト教という視点」
を持たないと、Witchcraftを始めとした魔女の宗教やペイガニズムを本当に理解することは困難なのです。
なので、Witchcraftの実践者はイニシエイションの後、ある程度の経験(それでも年単位ですが)を積んだら少しづつ、神道、仏教、キリスト教からスタートして、ユダヤ教、イスラーム、ヒンドゥー教、宗教としてのヨーガなどは知識として学び、理解して置くことが大切です。そして、わかりあえる他の宗教の宗教者たちと、いつかは宗教者同士として語り合い、友情を結ぶことができるかもしれません。
ちょっと古い話になりますが、例えばかつて第2次湾岸戦争があったとき、私はWitchcraftの司祭として、日本のイスラームの礼拝所にお邪魔し、法学者の方々と3時間ほど語り合い、その後戦地の人たちの無事と戦争の早い終結と、その後の現地の人たちの幸せを共に祈りました。お互いがお互いを理解したとき、違った宗教の信仰者同士でも心を一つにする事ができるのです。
これは他の宗教を学ぶことの意義のほんの一例に過ぎませんが、自分の信仰を確固たるものとし、その上で他の宗教について真摯に学ぶ、ということはとても大切なことなのです。